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池新田下水神社
◆毎年10月の体育の日前後に静岡県御前崎市(旧浜岡町)池新田の下水神社の秋祭りの余興として池新田屋台『4つの組(5町内会) 』の引き回しが行われます。
お祭り【屋台引き回し】が先で、神社が後と勘違いしている輩も居りますが、先祖代々引き継がれてきた下水神社氏子の収穫祭という事を忘れずに、池新田の文化と伝統を守り、各組の色彩を出して行きたいですね。諸先輩方の伝統と文化の継承に感謝と敬意を表明いたします。
ところで、色々議論は御座いますでしょうが、子供屋台は本来は子供のお誕生をお祝いしてあげるのが一番その町内にすむ人(氏子)にとっても、いいのではないでしょうかね。だって子供の為の屋台なんだから…

そうすれば子供たちにも大義名分や目標目的【なぜ屋台を引廻すか】がよく理解してもらえるのでは「その町で産まれた子供をその町内の人全員でお祝いしてあげる」そんな文化が引き継がれていけばたまらん良いのでは…
子供が産まれた家の前もしくは近くまでいって屋台を練ってあげるなんて…なんて嬉しいことでしょうね。産まれてきた子供は、また大きくなって他の子供たちのお祝いをしてあげる…。
だって愛子様のご生誕祝をしたのだから地元の子供たちもしてあげたほうが…。いいだらね。
浜松祭の凧揚げは初子をお祝いする風習がありますよね…。
「この町(池新田)に産まれてよかった」と…いわれるような一つの文化になっていけばいいなぁ…と若輩者の私は思います。

◆もう一つワクワクする出来事があります。屋台の芯棒に関してですが、遠州地方でも特に池新田の祭にかぎりイマメ樫(どんぐりの木)を使用する様です。(掛塚の屋台を数百台手がける大工さん談ですが…)他の屋台は全て樫は樫でも白樫を使うとのことです。明治時代から屋台引き回しが始まったという事ですが、スタート時点ではその頃は全てがどこかの真似をして屋台も始まっていったと考えられます。祭衣装の発案は当時の地元のおじいさんからのお聞きする範囲では、屋台が先に出来上がり、お揃いの法被・肉襦袢・腹掛・股引等無かったと聞きます。その中でもイマメの新芽を摘んでそれを煮出して染料にし、早苗町や朝比奈、新野にその当時あったドンブチで染物をしたといわれる文献が、教育委員会に残っています。独自に色々と調べるとその当時に染めた羽織、モンペ、を発見いたしました。
イマメの新芽で染めると綺麗な藍色に染まり特に腹掛・股引等は当時そのように染めたといわれ生き証人の方もまだご存命です。やっと他の有志の方々と共にドンブチ染の復元に成功(池新田ブルーの藍染)しました。これからがスタートですね…。
ご興味のある方(特に池新田の方)はメールをどうぞ…。池新田まちづくりの会『ひょうたんの会』(代表 大石禮子さん)の仲間がこのドンブチ染めを色々と研究開発しています。

◆2003年7月6日(日)に浜岡町池新田公民館にて、ドンブチ染めの復元に挑戦し、見事に復元に成功しました。『ヤッター』色々と問題はございますが(発色や下地処理、ドンブチ公園の水の汲み上げ方法他)、まずは大正時代の色に近づきました。イマメの茶色が何と"鉄紺"いわゆる"藍色"に発色したのには『まちづくりひょうたんの会』のメンバー全員驚きました・・・。感動の復元でした…。次は股引・腹掛の染にチャレンジしようと思います
 
ドンブチ染め
◆2004年5月23日(日)イマメの新芽でドンブチ染めの再再再検証の結果…
見事大成功しました。画像を載せておきます。 驚くべきイマメブルー(藍染)が再現されました。  画像を掲載していますので、ここからどうぞ。

◆染め専門家に言わせると非常に不可解と不思議な発色だそうです。こんなに濃くしかも少し紫っぽく発色するのは…。と色々検証中です。♪〜ο(*^▽^)ο ο(^▽^*)ο〜♪

◆私の夢は【身土不二】の精神にのっとり…
『その産まれた土地(池新田)の水を使い、育てて採取した綿花で糸を紡ぎ、そして織り、それを各地区の屋台(一之組・二の組・中町組・大山組)のイマメの芯棒の皮で煮出した染料で腹掛・股引・法被・肉襦袢を造り、それを身にまとって、下水神社の五穀豊穣・家内安全・交通安全・子孫繁栄・地域安全他を祈願し、祝う…』
昔の人は物資の少ない中、色々な想いを込めてこの染物を探し出しそして生活や暮らしの一部として継承してきたのだと想います。こんな事が出来れば池新田に住んでいるみんなの活性化とコミュニケーションと文化の伝承になり素晴らしい池新田になるのではないかなぁと若輩者は思っています。池新田だけにとどまらず、このすばらしい染物が静岡県いや世界中に広まれば町おこしとしても面白いと思います。

◆"身土不二"とは地元の銘菓たこ○んさんの店頭にも張りだしてございますが、基本的には『食』に関する仏教の教えですが、五里四方で採れた食物や産物を四季の折々に食すると、解毒作用も含め、健康で幸せに暮せるということらしいです。
私は食文化だけでなく、『衣』の文化もその通りだと思います。上にも書きました様に、地元で採れたもので『衣』も何かいつも身に着けていれば、必ず健康で幸せになると信じます。池新田地区では農産物は色々と採れますがなにか池新田で農産物以外であるかなぁぁぁと考えたときに何にも無いんです。これが…。
という事で子供達も含め大学生になった時や、他地区に行っても常に自慢できる『ドンブチ染め』を身に着けて、『おらん町ではこんなにすばらしい染物があるだら』『イマメの新芽で染上げたものだよ』『そのイマメの木を使って屋台(芯棒)も創るだよ』『ちいっとドブくさいけぇがね(爆)』

◆綿を育てドンブチ染めを施した股引や腹掛にするまでは多分何年何十年もかかるかもしれませんが…。
こんなこと考えているとドキドキワクワクしてしょうがありませんよね。(^^)

◆私は池新田の旧本町公民館の裏【前池新田財産区=下水神社祭典本部横】に産まれ祭りの時期になるとま裏が公民館ということもあってほぼ毎日小学校・中学校と太鼓の練習と花巻のお手伝い(邪魔しに)に行きました。旧本町公民館では近江屋(今は廃業されたおそば屋さん)のおじさん(廣田さん。廣田さんは2006年7月にお亡くなりになりました。謹んでお悔やみを申し上げます。)に両手をとって頂き、毎日太鼓の練習をした覚えがいまだ鮮明にあります。近江屋の新ちゃんおじさんありがとう…。

◆そういえば大昔は二の組の大人屋台小屋も今の浜岡派出所の真横にありましたよね…。子供屋台小屋は今の本町のふとん店【丸栄さん】の隣のお米屋さん【小笠堂さんの倉庫?】に有ったことも子供ながらに覚えています。

◆中学までお祭りの最中は本町の子供屋台にほぼ2日間ずーっと離れる事無く太鼓を敲いていました。池新田高校入学と共に今度は東町(一之組)の公民館の真前に実家が引越しをし、またまた大学受験まで祭時期は毎日太鼓のを聞きながら受験勉強をしました。(したつもりです。(笑))、当時約30年前は高校生は祭りに参加できなくて太鼓の練習も行ってはいけませんでした。ほっかぶりをして祭に参加した思い出があります。大学4年間大阪に住み、その後呉服の販売修行を岐阜で4年と2ヶ月し、その後(26才で)地元に戻り、池新田の一之組の若衆から入らせていただき、若衆年番長と指導年番も一之組でお世話になり、その後池新田の中町に住まいを設け、中町組の中老に34才からお世話になっています。という事で池新田の祭りはおまかせください。(笑)後は大山組にお世話になれば池新田全てを制覇します。(爆)というのは冗談でございますが・・・・・・。はははは。

なんといっても私の名は典男 「祭の祭典男」おまつりおとこなのです♪(爆)

やはり地元の産まれ育った地区の祭りが最高ですね。池新田万歳!!!下水神社万歳!!!!

文責 ベビー館店長 黒田典男  【祭典男】(爆)  
・掲載2004/10/30 ・一部編集2007/11/8・2010/9/23 ・2014/10/13一部削除


大人屋台
子供屋台

大人屋台
本町子供屋台
早苗町子供屋台

大人屋台
子供屋台

大人屋台
子供屋台

平成二十一年度下水神社祭典(2009/10/14 記) 文責 黒田
今年のお祭りはまず訃報で始まりました。悲しいお知らせが夜中に飛び込んできました…。まさか…が本当でした…(泣)
お祭を中老から一緒にやってきた仲間である鈴岡輪業さまの米田孝之君がお祭り前10/2夜にご逝去されました。元々心臓に持病があったようでしたが、大変な中老年番も一緒に提灯を振りこなした仲間だけに…。本当につらく悲しいお知らせでした…。

ここに謹んで米田孝之君のご逝去を謹んでお悔やみ申し上げます。 合掌

悲しく辛いお祭りになりましたが彼は本当に祭が大好きでした。彼の分まで今年は子供屋台も一生懸命に頑張り役員全員が彼のお陰で、皆で一つになれた祭だったかと思います…。

今年の子供屋台の中老の長をやって頂く予定でした…。すごくやる気まんまんで一生懸命にお祭前の中老総会でも積極的に発言し、子供屋台や中老や町内会の今後の改善改革を訴えていました…。

彼の遺志を継ぎぜひ私たちも彼の訴える子供屋台の改善改革を進めてまいります。ここをご覧の中町組の皆様も詳しくは今後の私たちのご意見にぜひ耳を傾けて頂きたいと思います。


◆今年の画像と想い出は少し後で掲載させて頂きます。
愛感謝
平成二十年度下水神社祭典(2009/10/13 記) 文責 黒田
20年度はさぼってといましたので(爆)掲載を21年度と一緒にさせて頂きました。
あんまし覚えてませんので(爆)画像だけを掲載いたしました。
愛感謝





 画像に不都合等ございましたら御一報くださいませ。直ちに削除をさせて頂きます。愛感謝
平成十九年度下水神社祭典(2007/11/4 記) 文責 黒田
◆平成19年10月6日(土)・7日(日)と今年も無事に下水神社秋祭りが終了いたしました。
今年は完全フリーでなんにも役がありませんでしたので、祭りへの参加がとっても楽しかったです。(爆)前日10/5に池新田の同級生が数人集まり中町?本町?の「入船」さんでいっぱいやりました。一之組はKうじ・二之組はW山・Yちん・中町は私とAちゃん・大山はAら・Tはる・Hろし・Sとるだったかな・・・抜けてたらごめんなさい(爆)6時から10時過ぎまで飲んで騒いで、次はボーリング場前の"花ぐるま"さんに移動して1時過ぎまで…。親爺たちは翌日の祭典を控えて万全にしなくっちゃいかんけぇが…(笑)いつものようにW山が「うちでちょんぼりやらざぁ」と…。で・・・うまい焼酎をおよばれして…2時過ぎだったかなぁ…。家について寝たのは3時過ぎてたなぁ…。W山奥さんごちそうさまでした。又呼ばれます(爆)
久しぶりに近所の同級生がたくさん集まりワイワイガヤガヤ楽しかったでした。

今年はなんと36年ぶりに1日目に一之組方面に屋台が行き、二日目のホンビに大山組方面に向かうとの異例の行動表のようでした。この決定にはいろいろと経緯があったようですが…。裏話はここでは書けません(超激爆)聞きたい方は私に会ってきいてください。(笑)

ついつい当日は寝すぎて起きたら10時過ぎていました(爆)午前中またまたAちゃんちで御呼ばれして違う同級生達とも談笑し、昼からやっとの事で屋台を見ることができました。中町の中老詰め所でくすがってうだうだしていたら夕方になってしまい、祭典本部前で夕食・点燈を見てから本部前にある、我がひょうたんの会の有志の方での出店の屋台に寄り、うまい大石会長の焼きそばとおでんをほおばり皆さんと談笑し屋台に戻りましたが、その時点で飲みすぎか(爆)調子が悪く、一日目は午後8時前にトボトボとうちに帰って休みました。(泣)

二日目の午前中はいつものように中老の引き廻しですので、10時過ぎから津島神社手前より屋台につき曳きましたが、数分枠に入るとはぁえらくてしょんなくなって、ここから大太鼓と小太鼓を祭典本部前まで敲きました。気持ちよかったなぁ…。久しぶりに屋台の上で太鼓を数時間も敲かせていただいたのは・・・。右手に大きなマメが3個もできてすぐにはでました。(爆)
心地よい痛さでしたね。祭のお師匠さんにも「小太鼓良かったよ」と褒められました。(喜)感謝

祭典本部前で屋台を降りて、とりあえず中老の詰め所に向かいまたウダウダと飲ませていただき、下水神社に定刻通り2時に(爆)【本当は12時着⇒1時発】付きました。大山組方面に向かう前にお参りをすませ、また少し太鼓を敲かせていただき、進路を大山方面にとりました。途中中町組中老詰め所には他組のみなさんや中町の人たちでごった返していました。体調を崩されていた年長年番のK谷さんも詰め所にいらっしゃいまして、少しお話させていただきましたが、元気になられて良かったですね。

大山組に向かう途中の中町との境に最近できた赤ちょうちん「笑屋」さんの前で、そこの奥さんがビールを振る舞ってくださいました。ごちそうさまでした。

大山組の中老詰め所前でこれまた同級生の塊が居ましたので、そこで昔話に花を咲かせて自分たちがやった時の中老年番の失敗談を掘り起こされて、全員が大暴露大会と化していました。(爆)大山組は同級生がかなりいるようで10名近くいるようです。祭典に参加している同級生で一之組には一人、二之組は二人、中町組五人…と同級生は割といるようで少ないんですね…。

大山組から祭典本部まで戻る途中と行く途中には写真を200枚ほどとりました。お囃子をしてる様子や練りを楽しむ様子も画像にしっかり収めました。今年は行動表も変わり新鮮な場面も多々ありましたね。お祭りも時代に合わせて変革の頃でしょう・・・

そこで勝手な提案ですが…(ご賛同していただけるならメールください(爆))

お祭は4年に一度づつ大祭り(名前はなんでもいいですが)か何かで、1日多く屋台を引く日を増やしてその日を自組を隈なく引き回しをし、しかも御前崎市役所前に旧浜岡町内全地区(西区(合戸・門屋・塩原)・新野・朝比奈・比木・佐倉・池新田)の屋台を集め(約23台ほど、子供屋台を含めると40台近く、できれば旧御前崎町全屋台)を集めて、他地区・他県よりギャラリーを集め観光客も含め1日を一大イベントとしようなどという確か昨年の祭典本部の雑談でも各後見長さんや他の役員さんのいる中話も出ていました。
各組の思惑はございましょうが、1日増えることで終了時間を守らない悪しき伝統もこれにより時間厳守となることでしょう。

1日屋台引き回しを増やすことで、いろんな各組の弊害や祭典費を出す出さないのもめ事も減るのではないでしょうか?毎年は予算的にも体力的?にも厳しいかもしれませんが…3年かけて積み立てれば「申し送り費を捻出して」1日ぐらいは屋台が出せる経費は十分に出てきます。但しその1日を誰が主になって運営するかが問題となるでしょう。若衆年番・年若年番か中老年番の何れかになるのでしょうが…一日ずっと通して中老の管理下も年寄りが大変かもしれませんね・・・(激爆)

掛川市のある地区は4年に一度大祭りがありますし、榛原のある地区は6年に一度当番町らしくて毎年子供屋台は出すのですが、5年後に持ち回りでしかも4日間有るそうです。

いずれにしろ数年に一度3日間の屋台が曳けたらいいなぁぁ。変革の時代です。ドキドキわくわくをもう一日増やしましょう。(笑)

あと今年から?高校生の参加がOKになったのなかぁ?今年の小Pの中町の地区長N山くんからお聞きしたけど、役員の中に高校の先生が入ってOKになったような事を聞きました。…が結局今年は駄目のようでしたね。
各役員さんと各町内会が動いていただいたようで、どうやら一歩前には進んだようです。昨年度↓の祭典のご報告にも書きましたが、祭典本部で熱く高校生の参加禁止をなんとかやめてほしいと騒いだ甲斐が少しはあったのかなぁ…(爆)本当にありがたいことです。感謝。良い伝統を引き続き守るためには3年間のブランクはとても大きいはずです。来年は是非ともOKになるように引き続き高校生参加OKを地元のみんなで訴えましょう。

・・・ということで(笑)今年十九年度の下水神社秋祭りも終了しましたが、来年度も私はフリーで役無しですので、ゆったりと祭りを楽しめそうです。今年度の役員の皆様・ご参加の地域の皆様お疲れ様でした。
無事に終了出来た事に感謝です。ありがとうございました。

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◆あっ!そういえば今年は橋本屋がビデオ撮影業者さんにお願いして【平成十九年度池新田の祭りビデオ&DVD】を作成しました。2007年12月より発売開始です。感謝
平成十八年度下水神社祭典(2006/10/30 記) 文責 黒田
◆平成18年10月7日(土)・8日(日)と今年も無事に下水神社秋祭りが終了いたしました。
今年は役から4年ぶりに離れましたので、非常にのびのびと参加をさせて頂く事が出来ました。役が無いって事はこんなにも楽しいとは…(爆)逆に言うと役職の方々がいるから楽しく祭典ができるのだなぁ。とつくづく感じました。今年の役員の皆様方に心から感謝と御礼を申し上げます。ありがとうございました。

実は正式な役(裏役です。)ではございませんが、祭典本部詰めの役が今年ありました。中老年番を抜けた翌年に本部詰めがあります。2日間5名で役2時間交代で本部に法被と提灯をお借りし詰めました。

一日目の様子ですが…。本部詰めが11時からでしたのでその前に少し屋台について練を楽しみました…
祭典本部での裏情報を・・・(爆)
実は・・・・・・御前崎市役所前に旧浜岡町内全地区(西区(合戸・門屋・塩原)・新野・朝比奈・比木・佐倉・池新田)の屋台を集め(約23台ほど、子供屋台を含めると40台近く、できれば旧御前崎町全屋台)を集めて、他地区・他県よりギャラリーを集め観光客も含め旧浜岡町の祭(屋台引き回し)を一大イベントとしようか?などと勝手に盛り上がる話も有りました…。
その時の祭典本部のメンバーは各組後見の皆さまはじめ、財産区の皆様、歴代各町内会長の皆様、各中老年番が居ました。勝手に私だけ盛り上がってたかもしれません。(爆)
しかしこんな夢のような話が実現すれば一年中ドキドキ・ワクワクしっぱなしですね。( ^_^)/□☆□\(^_^ )
祭典本部には弊社会長も財産区の役員として一日中詰めておりました。弊社会長が祭典本部前の門花を一生懸命直していました。ホントまめったいですね。(笑)

一日目は夕食・点燈後、おとなしく9時には家に帰りました。( ̄▽ ̄)V

二日目は朝から中老の屋台引き回しのため、津島神社前から屋台を引かせて頂きました。その前午前中に各組の中老詰所に伺い少し御呼ばれを致しました。一之組はほとんど私の先輩は知っている方ばかりでして…捕まって色々と話をさせて頂きました。M・Mさん色々とありがとうございました。二の組中老詰所には同級生数名とくすがりました。(爆)年長様がおっかない( ̄▽ ̄)Vをしていましたが、これまたYさんであったり、Mさんだったり諸先輩方にご馳走になりました。ご祝儀も寸志(爆)をおかせていただきました。(ホント寸志でごめんなさい。(爆))
その後、大山組の同級生と共に大山組中老詰所にもお伺いさせていただきました。かなり酔っ払いの大山組の同級生(K・Kくん)に絡まれながら…。(爆)暴れるのを静止したら手の甲が翌日腫れあがっていました。(爆)大山組でも色々と美味しいものも戴き、とてもご馳走になりました。ありがとうございます。

その後屋台に戻り引き回しとカメラを持って写真を約800枚ほど各組の屋台中心に撮影をしました。もしこの画像を欲しい方はここまでメールをいただければコピーしてCD-ROMに致します。【但し個人情報のからみでお事前の約束事を守って戴いた、池新田在住の方に限ります。】焼き増しはSTUDIO橋本屋(ベビー館内)までどうぞ…(爆)

1時半からまたまた本部詰めでしたので、私は髪屋(神谷床屋)前あたりで引き返して本部に戻りました。祭典本部詰めではこれまた楽しい話で盛り上がりました。(爆)丸秘ですが・・・・・・。ってバレバレですが…。
高校生の池新田の祭典参加の件をこの若造がちょっと熱く語ってしまいました…。

「池新田地区だけですよ。高校生の参加が認められていないのは…」「伝統文化を若い人たちに引き継ぐのなら、絶対に高校生の参加を認めるべきです。」「悪さを教え込むのは大人なんです。」「子供の問題でなく、大人の問題です。」「子供達には罪は有りません。」「是非ここにいる方の力で池新田地区に住んでいる高校生の祭典参加が可能になるよう、働きかけるかもしくはご賛同を願います。」とちょっとまくし立て気味に・・・ちょっとシラッとしたかもしれませんが…(笑)

まじめに思うのは…次の世代の子供達にせっかくすばらしい伝統文化を引き継ぐのに、高校の3年間のブランクはかなり大きいですね…。他地区では節操ある大人たちによって子供達は守られ、酒やタバコを強要するような輩(やから)はいません。池新田地区でもそんなやからは居ない筈です。是非声を上げて池新田地区在住の高校生の参加も地区が認めてあげるように御願致します。

二日目も私は超お疲れモードでしたので、そそくさと9時には家路に着きました…。来年の祭典が大変待ち遠しい今日この頃です。感謝

追記
今年度中町組の下幕を中町町内会の皆様はじめ、中町組有志の皆様のご尽力により新調ができた事を心から感謝申し上げます。しかも弊社 橋本屋にて作成していただいた事を重ねて御礼申し上げます。中町の住人(池新田に生れ育ち)でよかったです。感謝

中町組K・Mさん、K・Aさんお世話になり誠にありがとうございました。
平成十七年度下水神社祭典(2005/10/12 記) 文責 黒田
◆平成17年10月8(土)・9日(日)今年も無事秋祭りが終了しました。
今年は私も祭典役員(中老年番長)として参加させていただく事が出来ました。ありがとうございました。大きな事故もなく(中町組は)安全に楽しく屋台引回しが出来た事に、ご関係者並びに役員の皆様に感謝申し上げます。
年長さんの皆様、風紀係りの皆様、中老子供屋台係りの皆様、子供屋台のご関係者(町内会及びPTA)の皆様、交通係の皆様、後見の皆様、歳若年番&指導年番の皆様、・(若衆)、中老の皆様そして今回一緒に役員をやった中老年番のみんな…ありがとうございました。お疲れ様でした。感謝

8日の一日目は午前中各組の中老詰め所にご挨拶にお伺いし、各組の中老さんに大変ご馳走になりました。ありがとうございます。一之組では年長さんも皆さん昔若い衆の頃にお世話になった方々ばかりで、元○中のバスケの先生も役員でいらっしゃいました。今年の一之組の中老年番長もバスケつながりでして、ミニバスの父兄の方でお世話になっておりました。他の皆様にもご馳走様でした。二の組でも大変ご馳走になりました。「焼酎もございますよ。」と勧められたのには驚きでしたが…。(こちら(中町)でもそのあと用意させていただきましたが…)気の利いた接待に感謝でございました。大山組では二の組の中老年番長(同級生)と一緒になりまして、皆さんで一緒に歓談できました。たまたま同級生が大山組の中老詰所には8名ほど集まりましたので、楽しいひと時も過ごせました。本当にありがとうございました。やっぱ祭りは楽しい・・・・と実感したひと時でした。

9日の二日目は午前中が中老が歳若から屋台を借り、引き回しをさせて頂きました。中老詰所→中町地内→祭典本部→下水神社と、やはり中老の屋台引き回しはお囃子に載って綺麗に花と提灯も揺れていました…。と優雅なことも言っていられないぐらい中々大変な5時間30分の引回しでした。(爆)楽しかったなぁ…♪♪〜ο(*^▽^)ο ο(^▽^*)ο〜♪
屋台も無事下水神社まで定刻通り?(笑) 、歳若年番に引き渡す事が出来ました。ありがとうございます。

夕食・点燈後の4台引き別れではギャラリーの多さに驚きましたが、あれは少し考えないと怪我人も出そうな感じがしましたね…。しかしあんなに多くの人の中で提灯が振れるなんて、私にとってはこれが屋台の先頭にて提灯を振ることが出来た、最後の良い思い出となりました。感謝

永田酒店前での大山組との引き分かれの後に両屋台が向きを変えた後、中老の引き分かれ式では大山組中老年番長のMくんが挨拶をし、私が乾杯の音頭を執らさせて戴きました。Mくん願番の大役お疲れ様でした。
この模様は大山組年若年番衆がプロカメラマンにお願いし、ビデオを撮り編集を掛け販売する模様です。当橋本屋でも販売をさせていただく予定でございます。(商売人です。爆)

屋台が公民館に入り、引き回し終了の詰所閉所式も無事終わりが近づき、中老年長年番長さんの三三七拍子で締めを行い屋台の引き回しが終了しました。 お疲れ様でした。

祭お馬鹿話
閉所式三三七拍子の合いの手で「そらみみ」のように"クロダ"と聞こえたのは私だけでしょうか?しかも馬鹿でかい声で2度も・・・。(爆)・・・・・・・・・ね中町のS.Tくん(笑) 償いに画像を送りなさいよ。去年画像が汚いってクレームもよこしたんだからね。(爆)
◆17年度の今年も提灯振りながら携帯画像のみですので…画像は悪いです。画像をお持ちの方は是非ここまでメールに添付して送ってくださいね。よろしくお願いいたします。感謝
平成十六年度年下水神社祭典
◆平成16年10月9日(土)・10日(日)と下水神社の秋祭りが行われました。
9日は台風22号が来た為に待機の組が多い中、我が中町組は願番という大役の中、午前中〜3時前まで屋台引廻しが
できました。歳若(若衆)はまだ20才代〜30代前半で身体もピチピチで雨の中堤燈を振っても大丈夫だったと思いますが、
40も半ば過ぎの老体(爆)の中老年番はちときつかったですね。でもあの土砂降りの中の屋台引廻しは一生忘れられない
想い出となる事でしょう…。感謝。

10日は時間通りの行動ができ無事終了しました。
一年間掛けて歳若(若衆)はじめ役員の方々が準備をして来た成果を少しでも出せたかと思います。
役員の皆様はじめ下水神社祭典参加の皆さんお疲れ様でした。
◆私も中老年番として役員を勤めさせていただいたので、綺麗な写真が撮れませんでした。(爆)
堤燈を振りながら携帯カメラで撮った画像です。どなたかもし綺麗な画像がございましたら、是非メールにてお送りください。
◆画像が汚いとクレームをくれた(爆)中町のS.Tくん、君も何か送ってよっ。♪q(^-^*q) (p*^-^)p ♪
LOVE☆中町組くんが投稿してくれました。↓左2枚が2004年・右2枚が2003年度の下水神社の祭画像です。
S.Yくん感謝。
2004/12/17

平成十五年度下水神社祭典
◆平成15年10月11日(土)・12日(日)下水神社の秋祭りが行われました。携帯の簡易カメラの画像ですので、
写りが悪いです。もしご覧の方で写真を提供していただける方がお見えでしたら、ここまでメールをお願いします。
◆画像は勝手に掲載させていただいておりますので、不具合や肖像権の問題等がございましたら削除させていただき
ますので、よろしくお願いいたします。

池新田中町組
交通役提灯

下水神社前

祭りのお師匠さん
(私の…)

中町組 中老詰所

中町組 中老交通
メンバー(大事な仲間達)
チョットよっぱらい気味の…

中町組屋台

中町組&大山組
永田屋酒店前引別れ

平成十四年度下水神社祭典

平成14年10月12日(土)・13日(日)下水神社の秋祭りが行われました。携帯の簡易カメラの画像ですので、写りが悪いです。もしご覧の方で写真を提供していただける方がお見えでしたら、ここまでメールをお願いします。

◆浜岡町池新田の下水神社祭典は大した怪我も無く無事屋台引き回しが終了しました。私の知る限りでは……
しかし、大山組屋台に車が故意に接触しそうになり、そのまま逃げ、若い衆が車に接触し、怪我をした模様です。(私は現場で目撃しました。)犯人はすぐ捕まった様です。

【屋台】2002年3月
愛子様の初節句のお祝いで、屋台引廻しをしました。一之組・中町組・大山組の屋台が出ました。二の組の屋台は昨年12月にお誕生のお祝いで屋台を出したので今回出さなかった模様です。
私は中老の交通で参加しました・・・


下段は一之組子供屋台が昨年に愛子様のお誕生祝で出した屋台です。
中町組 中町組と大山組の引き別れ【鈴岡輪業前】 一之組 大山組
一之組子供屋台 一之組子供屋台 一之組子供屋台 一之組子供屋台
【法被,半纏,鯉口,肉襦袢,腹掛,股引】お祭用品の事なら何でもおまかせ東京江戸一全商品取り扱います。
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